社会人野球とは

4月に入り新生活を始めた人も多いと思います。進学,就職は形態が様々ありますが,環境が変われば物事を眺める目も変わります。そこで社会人野球を行う意味を考えたいと思います。
社会人野球という場は,技術レベルという問題もありますが,それに呼応する形で,野球を通じて社会人としての成長が期待される場です。
選手自身はそう感じていないかも知れませんが,社会人として硬式野球を続けることは,社会的にみれば「あえて硬式野球」「あえて社会人野球」という形となります。この選択には必ず「あえて」というレッテルが張られます。もちろん皆野球を好きでやっている訳ですから,「好きだから」‥‥動機はこれで十分だと思います。
しかし社会人として硬式野球を行う「資格」についてはどうでしょうか。資格とは免許証のことです。スピード違反で止められたとき提示するものが免許証です。野球でも立ち止まるときが必ずあるでしょう,悩むときがあるでしょう。しかし常に心に野球の免許証を留めておくことができれば,大きく野球が脇道にそれる事はないはずです。
資格とすべきものは,私は技術よりも人間性だと信じます。特に社会人野球は,個人・組織ともに野球を続ける環境作りが,労力の50%以上を占める大変な媒体です。その中で野球を継続させる力は,一過性の技術ではなく,永遠の人間性です。技術は常に人間性の後を追いかけます。技術が人間性を追い抜いてしまうと,チームはバラバラになります。さりとて技術は重要です。練習は当然技術向上の為にあります。それでもしかし人間性という前提を置きながら技術向上を目指すこと‥‥これこそが社会人として硬式野球を続ける「資格」であると私は思います。(20.4.4)